かぷら

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路線バスでらくらく街めぐり 第10回 イオンモール富津線 イオンモール富津線マップ
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小糸川河口(人見浦)“ひすとりぃ”

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 小糸川河口は古くから文明開化の門戸と言われた。
 江戸時代(文政年間)の近江屋甚兵衛により、人見浦は上総海苔の発祥地となり、やがて浦安から富津岬に及び、沿岸の産業基盤は大きく変革することとなった。
 昭和20年太平洋戦争の終結を迎えこの頃、農林省にいた鈴木誠一氏は郷土に戻り、初代君津町長に就任した。
 鈴木町長は戦後の復興対策として農林水産業との共生を基本とし、小糸川の水資源活用を念頭にした海岸を埋立てそこに企業誘致を図る君津町の大改造構想にふみきることとなった。
 当時の柴田千葉県知事の同意を得て構想実現に向けた動きがスタートすることとなった。様々な紆余曲折を経て千葉県は昭和35年10月、君津、坂田、畑沢、小浜、桜井の5漁業協同組合に対し、漁業権譲渡を申入れた。連日連夜の紛糾を経て昭和36年8月、県庁に於いて君津漁協との漁業権譲渡の歴史的な調印式が実現した。
 この調印式が契機となり八幡製鐵株式會社の進出が確定した。やがて埋立工事も始まり、昭和40年に入り坂田漁協の漁業権譲渡に続き、他の3組合も調印し、昭和43年11月君津製鐵所第一溶鉱炉の火入式が行われ、地域の社会経済、文化面等、君津町近隣の市町村はもとより、千葉県が大きく変貌することとなった。同時に国内に於いても昭和30年代〜43年迄の間、東京タワーの完成(S33)、岩戸景気(S34)、カラーテレビ放送(S35)、八幡製鐵戸畑製造所に世界一の溶鉱炉完成(S37)、東海道新幹線開業(S39)、東京オリンピック(S39年)などにより大きく変貌しつつあった。
 昭和45年、君津町、小糸町、清和村、小櫃村、上総町の五か町村が合併、新生君津町となり、さらに昭和46年9月に君津市として市制施行され今日に至る。
【人見神社境内の「人見浦明開発記念碑」より一部引用】

「上総ノリ」の始祖“甚兵衛さん”

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浅草ノリの商人 近江屋甚兵衛は1766年(明和3年)江戸四谷に誕生。
 甚兵衛はノリ養殖と製造についても研究していた。
 甚兵衛は河川の注ぐ遠浅の海に「ひび木」を立て込めば養殖できるとの強い信念のもと、55才の時ノリ勧説の旅に出た。この頃、伊能忠敬の大日本沿海輿地全図が完成をみた。
 江戸浦安、養老川、小櫃川などの各地で反対され、最後の望みをかけ小糸川河口の人見村に着き、名主の協力により1822年(文政5年)秋、ノリ養殖に成功した。
 この結果、人見浦は上総ノリの発祥の地となり内湾一帯に広まることとなり、浦安から富津岬にかけての沿岸漁民の生活向上に大きく貢献することとなった。

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