かぷら

まちをつなぐ、人をつなぐ、かずさを楽しむためのアンテナマガジン

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人形の勝 代表 勝 忠男氏
昭和30年代後半、木更津駅西口に装飾品店「勝造花」を設立。八幡製鐵(現:新日鐵住金)が完成した昭和42年、繁華街と化した西口周辺で飲食店の装飾を手がける。 翌年、装飾の延長として、ひな人形販売を開始。現在は東口に移転し、老舗の人形専門店として、確かな品質を届けている。

受け継いでいきたい、人形の文化

 江戸時代から続く文化をしっかりと受け継ぎ、さまざまな企画展を開催している老舗専門店「人形の勝」。人形文化伝承の一助を担うものとして「大ひな人形博」を開催し、今回で26回目を迎える。350坪の大広間に、300種類のお雛様が総陳列。首都圏最大級のスケールで、毎年、初節句を迎える家族連れや日本文化に触れたいと訪れる外国人などで、盛況を博している。
 かつて製造業に携わっていたという勝氏は、人形づくりの現場や作家の方々との親交も深く、日本の人形界に精通する専門店として、スタッフすべてが人形づくりの歴史や背景、製法や技術などの知識を持っている。人形アドバイザーの資格を持つプロの目でずっと寄り添う大切な人形選びを手伝ってくれる。「女の子が生まれ、はじめて飾るお雛様。たくさんの祝福を受けてやってきた人形たちは、しみやキズも思い出のひとつとなって、一緒に成長していく。人形の表情は、心を映す鏡のようなもの。楽しい時には一緒に笑い、悲しい時には一緒に泣いているように見えるから不思議だね。人形は、古くから信仰の対象であり、子どもたちの遊び相手でもあり、美しさを楽しむものでもあった。日本には、人形を命あるものとして慈しむ心があるのだよ」毎年、いい人形に出会うためなら日本全国どこへでも出かけるという勝氏。自家用車で移動する距離8000キロ。一専門店としての役割を完全に超えているが、「もう、恒例行事みたいなものだから」と笑う。

 

雪の東北道を1300キロ 喜んでくれて良かった

 子どもたちの健やかな成長を応援している勝氏は、東日本大震災の被災地、岩手県下閉伊郡山田町の保育所へも訪問。あでやかな衣装の十五人七段飾りを寄贈した。震災の津波で、雛人形を流失した園児もおり、子どもたちは「うれしいひなまつり」を元気いっぱいに歌って感謝した。これはスタッフのひとりがこの保育所の卒園生であったことが縁でのプレゼントだった。園児が見つめるなか、飾り付けをすると、とってもきれいとはしゃいだという。 勝氏は「喜んでくれて嬉しかったね」と当時を振り返って目を細める。この時も自家用車で往復1300キロを走った。節句のこころを大切にしたい、という想いが伝わってくる。

 

心が大切。人形ではなく、 節句を売っている。

 雛祭りの歴史は古く、季節の変わり目に無病息災を祈願して行った厄払いと、平安時代の貴族の遊び「ひいな遊び」とが一緒になったのがはじまりと言われている。人形は身代わりとなってその子の厄を祓うとされ、江戸中期には桃の節句を女の子の節句として、雛人形を飾り祝うようになった。その想いは現代にも受け継がれ、お雛様は女の子のお守りとされている。「近頃では、核家族化が進み、祖父母と孫がふれ合う機会も少なくなっているからね・・・。3世代が揃って子どもの成長を願い、桃の花を供えて、ちらし寿司や桜もちなど、季節の料理を囲んで団欒のひとときを過ごす節句は、心を通い合わせ、家族の絆を結ぶ良い機会。大切にして欲しいね。今年はどんな子に人形を届けられるのか楽しみだよ」目を輝かせながら語る勝氏は、人形ではなく、節句を売っているのだとも言う。節句には、すべての人々の幸せな人生への憧れと長寿への願いが込められているのである。

 

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